霊界大師 眞魚.らすかる国王MAO の26世紀先の未来まで残す。TIME CAPSULE BLOG2011年~

26世紀先の未来まで残す~『タイムカプセル BLOG』これが、僕の人生を懸けた霊能力の活用法です。

とある、作家様へ・・ 生死の恐怖と輪廻の実体について  霊界の生き聖人としてわかる範囲でお答えします。長文になるので記事にしました。

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[死の恐怖に対して→覚悟を決める]について・・

個人的な見解を書かせて頂きます。


闘病生活とは、修羅場でしたね・・

自分も境遇が違えでも、幼少の理不尽な交通事故や親の虐待やら

笑えない神様のジョークのオンパレードでしたね・・

でも、私という魂の思考や感性や能力を具現化する為には

重要な意味がありますがね・・

わからないから、それを受け入れることができた面もあって

怪我の巧妙そのものが作り上げた結晶が、我が人生劇場でもあります。

そういう中で・・


[死の恐怖に対して→覚悟を決める]というお話ですが・・


常人は無理もないお話しですが・・

その辺の葛藤は、自分ぐらいになると・・

そこまでは無いですね。

まあ・・困惑することをいきなり書いてもあれなので

物理的目線で、最初はお話します。

まず、無理も無いが・・

普通に考えると、人の意識は生活圏の中で回ってます。

ゆえに、その外の意識に届かない意味や次元を軽視します。

しかし、その軽視するものが存在するか否かの真相は別物です。

マニアックな話になりますが・・

物理学的に、宇宙空間の空間要素は

認知可能な物質要素2:暗黒物質8という

空間比率という実体のようです。

そこを導き出した科学者もただ者ではないと思いますが。

つまり、人は無意識に経験則で有る無しの基準を構築していく中で

物理的論理の破綻した、生死や輪廻の次元などは論外なハズです。

でも、そう感じる人間が宇宙空間に飛び出して

空間の全てを解明することの出来た科学者ではないのです。

ならば、その人の解釈の域を出ていないが・・

似た価値観の人にはこの上ない説得力を生みます。

でも、ゴミ置き場にゴッホの絵画が見つかる

珍事もあることながら、結局・・人は己にとって確認不可能な次元まで

答えを求められると、自分を納得させやすい、周りを説得しやすい妥協点を結論付けるものです。

しかし、その妥協した結論が、真相である証拠もまたないのです。

どう論理武装しても、どう辻褄を合わせても

虚数の部分を強引に結論付けようとする意識そのものが、矛盾した行動を盲目に

してしまうから、結局は完璧な解釈は

当人の中でしかない姿かたちや意味合いを無意識に

表面化させているものです。

自分のように、そういう部分に対して疑い深い人間なら・・

見抜けると思います。

しかしながら・・

そう書き込んでいる自分もまた、己の背中は見えません

ただし、世間としては

現実味のない話は利益を生まないので好みません。

だからこそ、病気や生死の境遇が人生で大事なのです。

良い薬は苦痛も生むかもしれないからこそ、好き好まない陰徳こそ色んな面で

賛否こそあれど、実体に置いては

病気や生死とは人生に置いては貴重な時期なのです。


まえがきでした。m(_ _)m


そういう中で、死への意識という未曾有(みぞうゆう)とも

感じる恐怖が心理学的にも、もっとも大きな恐怖だというお話をしていたが

その恐怖の度合いを、脳波計などで測定して統計を出した結果だろうか?

例えば、スタントマンや紛争国家の市民や兵士にも同じ実験したデーターなどが

一般の医学書や本に出回るものだろうか?絶対にないとは言わないが・・

つまり、心理学といっても、前提となる条件を特定できなければ

その表面化した結果論を結論付けるには不十分という部分も出てきますが

それをわかって信じますか?

それが良いというなら、自由の範囲ですので、それ以上は自分ごとが言う理由もないですがね・・


そういう中で、[死の恐怖に対して→覚悟を決める]というお話でしたが・・

ごもっともらしい、見解だと思います。

それは、一般論の私個人の理解です。







そういう中で・・ここからの見解が、

霊界の生き聖人としての、オカルトな領域になるのでご了承ください。

死の話が出たので、お話したいと思います。


まず、生まれる前の、前世の死後である霊界の二度目の人生の段階で、

限られている寿命の中で、各々が死の形を選んでることを忘れて

無意識に現世に転生する人と、


生まれる前の、前世の死後である霊界の二度目の人生を素通りした

ノープランの転生で、最悪・・生きていれば寿命もあるので、誰しも終わりがありますが、

そういう範囲で霊界は掌握していても、その範囲ではどう転ぶか彼らでもわかりにくい転生の

大まかに二通りの輪廻に別けられます。



この話は、江原とか?霊能関連の本にも載ってないと思いますがね・・


これは、オカルト用語でいうアカシックレコードという輪廻や宇宙の生まれ変わりとその母体の空間での

魂の原型である、原始霊だった頃の記憶を魂に焼き付けながら転生した気質が具現化した思考ですので

調べたのではなく、記憶を辿りながら意味合いを整理した文章がそういう内容なのです。

現世はその開眼期ですが、私の輪廻も複雑で・・


現世は霊界が21世紀で、下界が江戸初期ごろの時期の営みを

地上の物理世界が21世紀になった状態で、生まれる前にサボろうとした中で営んでます。


しかし、現宇宙の地球では輪廻を生き急ぎ過ぎた反動で・・

その霊界が21世紀頃から、下界の21世紀までに3度の人生を挟んでの現世となってます。


大まかにはそういう経緯ですが・・


そういう自分が語る、死の向き合い方とは何かを書こうと思います。

まあ・・そういう構図を説明しても、

意識的には、一寸先は闇なのかもしれないし・・

現に年間日本だけも何十万人という死への旅立ちがあります。

さらに、関が原や戦争や災害では・・

覚悟をする時間もない人もいます。


そういう中で言えることは、必ずしも死を死ぬ前に受け入れなくとも

死んでから受け入れることも出来るということです。


そして、倫理的に問題があるが・・

肉体が本当に物理的要素の構築体ならば、

バイオで培養した、特定の人物の年代の人物の脳細胞で脳や肉体を作り結合したら

ロボットのように、自立した意識の人間が結合されるだろうか?

そして、それらの推移で物事を考えると

宇宙に地球は存在し得ないのです。

炭素すら、チリ一つも宇宙全体には稀な物質のハズですし・・

たんぱく質なども同様で、無いものだらけで存在そのものが

宝くじ3億円が1万回連続であたるくらいの?大げさですがそれくらいの確立の

現在で、こうしてその是非を書き込んできること自体が、物理的にはないことなのです。

ゆえに物理的に確保された主旨の前提の中での確率論に過ぎないのです。


ゆえに、生活圏に置いて、人によっては論外で、利益を生まないから無駄だから

空気のように無駄だから、存在しないと結論付けられるとは言い切れないと思います。

話は蛇行しましたが、、。


そういう中で・・生死について考えられる、我々の境遇はそういう面では

霊界的にも、優遇されてるものです。体感的には神様(一般論上)の笑えないジョークであってもです。


特に、そういう上辺の損得で人生がうまく転がってきた人にとっては

衝撃的な次元のお話かもしれませんがね・・


だから、持論をいえば・・

感謝できる時に感謝して、辛い時や憎しみが沸いてる時は・・

出来るだけ、人を巻き込まないような方法で怒りや憎しみを発散して

落ち着いて物事を整理してから、そういう総体性に勘付いたなら感謝すべきで・・

感謝が聞こえが良いからと良いという根拠も曖昧なエゴの部分もあるとみてます。

逆もあるでしょうが・・汚い言葉の中に、人間味を感じることだってあります。

そういうものではないだろうか?


だから言います・・

無論・・各々守護達が転生を補助してる中で、無闇に余計なこともいえないが

これは、俺の意思として、言わせてもらうと・・


諦めを用意すれば、失う時に楽なものです、命も例外じゃない。

しかしながら、夢もないのです。

言いだけ、科学だの物理だの統計だの言って置きながら・・

〆が、アバウト過ぎますが・・

悔いを残そうが残さまいが、地球はまだまだ回ってるし

日は昇り日は落ちます。

己の価値が、人の賛否で決まっては自分を見失います。

その見失いが、度合いによりけり擦り傷から酷ければ・・

事件事故や家庭の崩壊という形で表面化すると同時に

その度合いが、自分が気がつきやすい感度に近い意味があると思います。

結論はどう取り繕うかではなく、余裕が少しでもあればですが・・

どう己の境遇に順応するかになってくると思います。


そういう意味では、作家様も己の運命に順応しているのではないだろうか?

ただ、、自分の見解になると

諦めを用意すれば、失う時に楽なもので命も例外じゃないが・・

しかしながら、夢もロマンもないのです。


国益に反することも、市民だから迂闊には言えないが・・

そもそも、自殺が死刑という法律もないのです。

そして、死によって・・

多くの再会もあるんです。

失うことばかりではないのは、生きていても、死んでいても同じことです。


この台詞を語りたいが為に、色々書きすぎた面もありますが・・


文才が無いなりの、自分の表現の仕方です。



その表現に俗世的利害があまりないので、飯の食いだねの目的は無いです。

もっと・・空気や水や宇宙のように値段のつけられない

無償の最大限の価値があることを知る俺が・・

少なくとも素直にそんな生き方をしないです。

黙っても各々の守護達が各々の思考と生き様を補助してるのをわかって

結局は、接客マナーとご機嫌とりのビジネスなら・・

結局は霊界や輪廻の実体をありのまま語れないくらいなら、

すくなくとも俺にとっては、無駄な生き方になる。

だけど・・この霊界が夢見たこの集大成とも言えるこの感性を、

俗世的利害が無いからと、

無駄にするわけがないです。だからこそ・・

俺がここの掲示板を駆使して、霊界にも有るネット世界にアクセスして

先々の輪廻を見据えた、生き方の資料となる情報を我が守護達と共に配信して

古代人が岩盤や洞窟に示した、理由を俺が実証する為にも・・


霊界に帰ったら、今度は下界の生き聖人として

語れる生き方を自分なりに描く為に、この能力を自分の為に使うだけです。


社会との噛み合いと順応性の意味合いから、霊界の窓口を持つ体は

病人と紙一重ゆえに、簡単に社会の一線には出てこないです。

より・・健常者に近い、霊界の輪廻の構図の応用と守護達のはからいで

具現化してる程度の、霊能や占いにその能力の純度が高いわけがないです。

そして、相互利害関係の中で霊界の段階で、守護達のはからいの中で

占いや、霊視(霊界では誰でも使えるテレパシー)を駆使して

そのシナリオごと、下界に転生こそすれば

当たる、占い師や霊能に誰でもなれます・・

問題は枠が霊界的に決まってるだけの話で、それにふさわしい境遇と各々の意思やめぐり合わせで

表面化しますが、それは・・そういう構図そのものは、自分や皆も同じことです。

だって、根本的に同じ人間で同じ空間を共有してるわけなのですから・・


ハッキリ言って、霊界の段階で霊界をあの世としない、霊界の科学者が

霊界であの世はないと、大槻教授があの世で言っていたくらいです。

それを疑わない人も多かった転生が、現世ならそれが表面化して当然です。


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いつもいつも、、こんな話につきあって頂いて

有難うございますm(_ _)m

そして・・

ご観覧してくれる皆様もどうもです。

その中には、生きている人達だけではないこともあります。笑w


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